ルールと理由とエゴイスト

中学生へのセクハラは20年前と比べ4倍増 背景に「校則」の影響も』からの引用です。

10代の50人に1人が「性的に触られた」「『今日、下着、青色だったでしょう?ダメだよ』と男性の先生から言われて怖かった」10代の回答者の6人に1人が、中学時代に校則で「下着の色」が決められていました。こちらも30代や50代と比べると10代のほうが顕著に高くなっています。また、校則で下着の色を決めるだけでなく「下着の色をチェックされた」という人の割合も10代が顕著に高くはなっていました。

それにしてもです。未だにこんなことやってたのか、という驚きに加え、寧ろ増加傾向にあるとか。

大人はみんなこれで良いと思っていると、思われるのは寧ろ迷惑なので、初めにハッキリ言っておきます。女子中学生がどんな下着を付けていようが、知ったことではありません。好きなの履いてください。

しかし、そもそもなぜ校則が下着にまで言及しているのか。勝手に想像するには、「健全な精神は身なりから」といった思想が根底にある気がします。それが制服、髪型、そして下着へと。

話は変わっていきなり自分の話で恐縮ですが、自分中学生いや、小学生でタバコ吸ってたんですね。勿論隠れ(気味)に吸ってたわけですが、見つかった場合、先生の対応はまちまちでした。
しかし大別すれば、子供は吸ってはいけない=ルールだから系。健康に悪い=ならなぜ大人は吸うのか?=論理破綻系。これのどちらかです。

しかし当時密かに思っていた事。
もしも「○○○」だから止めろと言われたら止めてもいいと思っていたセリフ。

それは「お前みたいな子供がタバコすってるの、オレが見たくないから止めろ」と。
つまり、人の何かを奪ったり、禁止したりする理由が「自分が嫌だから」という大人がいたら、止めようと思っていたのです。しかし出会いませんでしたね。そういう「オトナ」に。

これは制度としては成り立ちませんよね。互いの合意形成を前提する話ですから、先生生徒間でバラつくのは目に見えています。そこで校則だのルールだのと、諸々回避しつつ、こうした形になるのかと。

思想や理想を制度化するには、暴力が必要です。だから現在では「ハラスメント」としっかり認識され始めたのですね。

という事で制度の本質は暴力。他人の何かを奪ったり、禁止したりすることは、それがどんなに平和的であってもです。

だから暴力はいけないという話でも無ければ、そもそも暴力を抑止する為に暴力が必要だったりします。暴力の最適化。人に出来ることは、ほぼこれに尽きるかと。

ということは、下着にまで言及する校則を無くすには、その為の暴力が必要だという理屈になります。これ正解?私は正解だと思います。

何かを変えようと思うなら、暴力に目覚めないわけにはいかない。
と具体性のない結論でゴメンナサイ。

それにしても、ホント、好きなの履いてください。