バロックアイ

未来がエモいぜよ!

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バロックアイ

バロックアイというアプリが流行った。ARアプリだ。
この手のアプリは屋外の全てをゲーム空間に変えてしまう威力がある。
ポケモンGOがエポックだった。

バロックアイはゲームではなく、メンタルARとでもいうものだった。

基本的な仕組みを作ったのはハッカーだというのが、もっぱらの噂で、そんなところがディープなコアユーザーを引きつけていったらしい。

体内埋め込み型のバイタルチェックチップ情報を、自分のアプリとか、医師、救急医療で活用する仕組みが流行り、それなりに定着していた。
そしてすぐに、その情報をハッキングする連中が現れた。

だが盗み見た個人のバイタル情報を何に使うというのか。
それをARと結びつけたアプリがバロックアイだった。

アプリをインストールし、スマートデバイスをかざすと、そこらにいる人物のバイタル情報が読み出される。
そして個人の健康状態や、可能であればSNSでの投稿を元にした社会性解析をも付加して、当該人物に架空のキャラクターがARで被る仕組みだ。
もちろんリアルタイムに。

これはVC(ビデオチャット)アプリでは陳腐な技術だ。
リアルタイムチャットで、音声を変換し、顔の動きに追従してCGキャラが動く。それはリップシンク、アイシンク機能まであり、表情のある動きを見せる。

バロックアイでは、身体的かつ精神的に健康と診断された人物には、天使のようなキャラクターが被され、逆の場合はゾンビのようなおぞましい姿になる。
アプリを通して見た街路は、天使やらゾンビやら、かなりのバリエーションをもったキャラクターたちが、リアルタイムに映し出されるのだ。

ARであることから、他人を直接的におもちゃにしている感が強く批判が出た。
またアプリの中だけの表示とはいえ、自分がゾンビ表示されることを知った個人からは、真剣に悩む人も現れた。

だがそれもアプリのアップデートによって変わっていった。

ゾンビ表示されている人物には「お大事に」がクリック投票できるようになったのだ。
「お大事に」獲得数が一定数に達すると、レアなキャラクターが被るようになったのだ。

ゾンビ表示を解消したい人はこの機能を利用して、レアキャラクターを獲得できる。
そのため、健康的で、天使的である人は、相対的に無価値になっていった。

ハマっている人たちは「お大事に」を獲得するために、不健康である状態を模索し、それを晒しては、レアキャラを獲得することに熱中した。

レアキャラを獲得すると「お大事に」の得票数はリセットされる。
そしてレアキャラには投票できない仕組みだった。ゾンビを辞めると「お大事に」が貰えなくなるのだ。

しかしアプリがアップデートされ、マニアな流行に火がついた。

レアキャラ獲得後に、自分の状態を健康的な診断状態に持っていき天使化すると、レアキャラ表示を解除できるようになった。
そこでまた自分を不健康な状態にもっていき「お大事に」を再び獲得できるようにする。
すると、更に獲得できるレアキャラが増え、獲得したレアキャラの個数に応じで、バッジが得られるようになった。

健康と不健康とを恣意的に往復しながら、それを晒してレアキャラと、バッジを得る遊びだ。そうして得られる、最上級のバッジは「不死身」だった。
不死身のレアキャラ表示は、飛び抜けて独特で、ARで見ると、かなり目立つキャラになる。

そしてアプリは更にアップデートされた。

完全に無価値だった健康的な天使では、天使でいた期間が一定数に達すると、誰に対しても「癒やし」を投票することができるようなった。
「癒やし」を獲得した人は、その得票数に応じてバッジが増え、その最上級は「愛されし者」だった。天使でもゾンビでもない人が「愛されし者」化していった。

また「癒やし」を与えら事が出来る長期天使は、投票した「癒やし」の数が一定数に達するごとに、バッジが付与された。その最上級は「救済者」だった。

このアップデートには更に強力な仕様があった。
「不死身」「愛されし者」「救済者」の3つのバッジを獲得すると、「創造者」というバッジが付与されるのだ。

「創造者」になると、アプリ内のキャラクターメイキング機能が開放される。
メイキング内の要素を組み合わせて、独自のキャラクターをアプリ内に創造できるのだ。

創造されたキャラクターは、ネームドとよばれ、超レア扱いとなった。
その超レアネームドは誰でも取得できるが、その為にはネームドの「創造者」本人が、アプリのAR表示範囲内にいるときだけという仕様だった。

バロックアイのARキャラクターに個人名やハンドルネームは一切なく、リアルタイムでそこにいる人物のうち、バイタルチップ情報が得られる対象者のみが、キャラクター化される仕組みだ。

本来チップから情報が読み出せる範囲は数メートルだが、情報は通信可能な範囲で起動しているアプリを通して共有される仕様で、数メートルという制限を超えて、キャラクター表示が実現されていた。
ただしその伝達範囲は、情報を経由した端末数によって制限され、無限に共有されるわけではなかった。例えばVC中、画面の向こうの相手にアプリをかざしてもキャラクター化はされない。
なのでバロックアイは完全に現地対応なアプリだった。

その為、お大事に会、癒やし会と、互いに投票しあうオフ会が流行り、創造者を囲む会は超レアイベントとなった。それが他国や他言語圏であった場合などは、創造者の会をメインにした、プライベートツアーまでが実施された。

個人名や位置情報を保持せず、キャラクター化される個人の行動履歴が残るわけでもないこのアプリについて、個人情報の保護に関するあつかいはグレーだった。

当初の批判を完全に無力化して大ヒットしたバロックアイについて、これだけの規模でのデータ処理を賄うインフラとその資力が一体どうなっているのかは、ほぼ非公開のままだった。
それだけに、それがいつまで安定動作するのかも謎で、そんなところもこのアプリの魅力になっていたのかもしれない。

そしてその懸念は現実のものになった。

バグ修正のアップデートがある時期から止まり、ほどなくして、AR動作が遅延し始めた。
それが話題になり始めた矢先に、アプリは突然停止した。

アプリを起動して世界にかざしてみても、そこには何ら変わりない光景が映し出されるだけで、撮影できないカメラアプリのようになったのだ。
バロックアイの世界は消失し、アプリは死んだ。

課金システムでもなかった為、直接的に金銭的ダメージがあるわけではないが、それでも自殺者を出した。

一時期は、アプリを通して見たキャラクターたちがいる光景が、多数SNSに投稿されていたが、それも切れた糸のようにぷっつりと途絶えた。

良識的メディア界隈では、スーツやジーンズ、作業着といった衣装が持っている社会性と
その重要性を力説し、冷静になること、現実を見つめることを説教したが、虚しかった。

アプリの中で表示されていたキャラクターを衣装にしたコスプレイヤーが、ほんの少しだけその残照を引き継いだ。

自分のバイタル情報を元に、初めは勝手に被されるいわば強制された姿を、ARを通した接触によって、別のキャラクターに変えていくことができる。それには自分の健康状態と他者との関わりの両方がキーになる。
そんなところが、このアプリの一番の魅力だったのかも知れない。

この後、同じような仕組みを使って、真面目にバイタル情報を視覚化するカラーサークルアプリが出たり、オーラ診断のようなものも復活しかけたが、あっという間に消えていった。

しかし、いつかアプリが復活するか、似たようなアプリが出たとしても、もう流行らないだろうと誰もが思った。

結果的には、中高年に偏っていた埋め込み型のバイタルチップが、若年層にも一気に普及した。しかしバロックアイがリアルに与えたインパクトは、より深いところにまで達しているのかも知れない。

バロックアイが死んだ後の世界。バロックアイ以前、バロックアイ以降という境界は、歴史には記録されそうもない事だが。


2018/07/21『未来がエモいぜよ! / バロックアイ』篁 真修

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